フィクション この記事は古典文学を題材にした架空の読み物です。法的助言ではありません。

帝の繰り返す求婚

この記事のポイント
  • 権力差のある関係での繰り返しの接触はハラスメントに該当しうる
  • 「断れない立場」に置かれた側の心理的・社会的影響
  • 使者・贈り物を通じた間接的接触の法的評価
  • 地位・権力を利用した圧力行為がもたらす精神的苦痛と損害賠償

事案の概要

かぐや姫の美名は、ほどなくして帝(以下「帝」)の耳に届いた。帝は側近を翁の邸宅へ遣わしてかぐや姫の様子を調査させ、その後、宮中への召し上げと求婚を申し入れた。

かぐや姫はこれを明確に断った。「私は帝のご家臣でもなく、宮仕えに出る理由がございません」と述べ、入宮を拒絶した。しかし帝はその後も使者を通じて繰り返し御歌(手紙)を送り続け、ついには自ら翁の邸宅へと赴いた。

かぐや姫は帝の前に姿を見せることを強く望まなかったが、翁の懇願によって対面を余儀なくされた。その後も帝は文通という形で接触を続け、かぐや姫が月へ帰還するまで一方的な連絡が途絶えることはなかった。

本稿では、帝の一連の行為をハラスメントおよび不法行為の観点から検証する。

論点1:繰り返しの求婚はハラスメントか

一度断られた相手に繰り返しアプローチし続ける行為の問題性は、現代の法制度において明確に認識されている。

ストーカー行為等の規制等に関する法律(ストーカー規制法)第2条第1項は、「つきまとい等」として「面会、交際その他の義務のないことを行うことを要求すること」および「電話をかけること、文書を送付すること」等の反復行為を規定し、これを繰り返す「ストーカー行為」を同法第18条で罰則付きで禁止している。

本件における帝の行為を整理すると、以下の要素が認められる。

  • かぐや姫が明確に断った後も、使者を通じた手紙の送付を繰り返した
  • 自ら邸宅を訪問し、対面を求めた
  • 月への帰還が決まった後も接触が続いた

「断られた後も接触を続ける」という反復性は、ストーカー規制法が問題とする行為と構造的に同一である。法律の文言上は「恋愛感情その他の好意の感情またはそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情」を充足させる目的が必要とされるが、本件における帝の動機は恋愛感情に基づくものであり、この要件を満たす。

したがって、帝の行為は現代法の基準に照らせばストーカー規制法上の「つきまとい等」に該当する可能性が高い

論点2:権力差と「拒否できない関係」

本件の特異性は、加害者が絶対的な政治権力を持つ帝であるという点にある。

厚生労働省が定めるパワーハラスメントの要件の一つは「優越的な関係を背景とした言動」であることだ。帝と一般民間人たるかぐや姫の間には、比較にならない権力格差が存在する。帝の意向に逆らうことは、翁の一族全体の社会的・政治的立場に深刻な影響を及ぼしかねない。

この構造が生み出す問題は「明示的な断りが機能しない」点にある。かぐや姫は口頭では拒絶を示したが、帝が訪問した際に翁が「帝のお言葉を無碍にすることはできない」と娘に対面を促したように、翁という中間者を通じた間接的な圧力が「断る自由」を実質的に制約していた

当事者に明示的な拒絶能力があっても、その背後にある権力関係が心理的強制として機能する場合、それは自由な意思決定とはいえない。この点で帝の求婚プロセスは、現代の権力型ハラスメントの典型的な構造を持つ。

論点3:使者・贈り物を利用した間接的接触

帝は直接的な接触だけでなく、使者の派遣・贈り物の送付・御歌の交換という間接的な手段も多用した。

一般に、ハラスメントの成否において「直接接触か間接接触か」は問わない。問題となるのは相手方にとって不快・苦痛と感じられる接触が継続的に行われたかどうかである。

ストーカー規制法第2条第1項第5号は「電話をかけること、ファクシミリ装置を用いて送信すること」等を「つきまとい等」の態様として明示している。これを類推すれば、使者を介した手紙の反復送付も同様に評価しうる。

また、贈り物の送付についても注意が必要である。物品の一方的な送付は「好意を示す行為」として無害に見えるが、相手が拒絶の意思を示した後も続けられる場合は、プレッシャーを与える手段として機能する。断れば「帝からの贈り物を拒んだ」という政治的リスクが生じうる状況での贈付は、自由な意思を不当に制約する行為と評価されうる

論点4:精神的苦痛と損害賠償の可否

かぐや姫が一連の求婚に対して深く苦悩していたことは、伝承の各所に記されている。月へ帰還せざるを得ない理由として「この世に心安らかでいられない苦しさ」が語られており、長期にわたる精神的消耗が推察される。

民法第709条は「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と定める。また、民法第710条は「他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない」と定めており、精神的損害(慰謝料)の請求を認めている。

帝の行為が不法行為(民法709条)に該当するとすれば、かぐや姫には精神的苦痛に対する慰謝料を請求する権利が認められる可能性がある。もっとも実際の賠償請求においては、①加害者の故意・過失、②違法性、③損害の発生、④因果関係の四要件を立証する必要がある。

本件では帝が「断られた」という事実を認識しながら接触を続けた点が故意の認定を支え、かぐや姫が月へ帰還せざるを得ないほどの苦痛を受けたことが損害の証拠となりうる。しかし、帝という権力者を相手に訴訟を提起するという選択肢が当時の法制度下で現実的かどうかという問題は残る。これは「法的権利は存在するが、行使できる環境にない」という現代でも見られる問題の古典的な原型ともいえる。

結論

以上の検討から、帝によるかぐや姫への求婚行為には複数の法的論点が指摘される可能性がある。

  • 明確な拒絶の後も接触を続けた反復性は、ストーカー規制法の「つきまとい等」の構造と一致する
  • 絶対的な権力差が「断る自由」を実質的に奪い、権力型ハラスメントの典型的な構造が成立している
  • 使者・贈り物による間接的接触も、相手の意に反して継続される場合はハラスメントと評価しうる
  • 長期にわたる精神的苦痛は民法上の不法行為による損害賠償の対象となりうる
「好意からの求婚」と「ハラスメント」を分けるのは、動機ではない。
相手の拒絶を受け入れるかどうか——その一点だけが問われる。

本件における最大の問題は、帝が「悪意」を持っていたわけではないという点にある。帝はかぐや姫に純粋な好意を抱いていたと伝承は語る。しかし、ハラスメント等の判断においては、一般的に「相手にとって不快・苦痛であったか」「拒絶の意思表示を無視して続けられたか」という客観的な事実関係が重視される傾向にある

見落とされやすいのは、かぐや姫には「断り続ける」以外の選択肢が存在しなかった点だ。帝の要求を受け入れることも、関係を断ち切る手段も持たないまま、断るたびに新たな接触が繰り返される。拒絶が出口にならない構造の中では、断り続けること自体が消耗であり、その消耗を強いている側こそが出口を塞いでいる。

判定 問題点サマリー
  • 拒絶後の反復接触——ストーカー規制法上の「つきまとい等」に該当しうる
  • 絶対的権力差を背景とした接触——権力型ハラスメントの構造
  • 翁を介した間接的圧力——「断る自由」の実質的な制約
  • 長期の精神的苦痛——民法上の不法行為(慰謝料請求)の余地

ハラスメントの成否においては、加害者の意図だけでなく、被害者の拒絶の意思がどのように扱われたかが重視される。

ちからを貸してくれた傑作:『竹取物語』

竹取物語は、現存する日本最古の物語文学とされる作品。竹の中から生まれた姫君が数多の求婚者を退け、やがて月へと帰っていく——その幻想的で切ない物語は、千年以上の時を超えて読み継がれている。

本サイトはこの物語のもつ普遍的な問いかけに敬意を表し、現代の労働環境というレンズを通してその問いを探求するフィクションを制作しています。


※ この記事は著作権・著作者人格権が消滅したパブリックドメインの古典文学「竹取物語」を題材にしたフィクションです。
※ 登場する人物・組織はすべて架空であり、実在の人物・企業・団体とは一切関係ありません。
※ 法的助言ではありません。実際の労働問題については、労働基準監督署や法テラスにご相談ください。

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