※ 本記事はNo.1「きび団子での報酬支払いは適法か」の続編です。 前回は賃金・労働契約の問題を検証しました。今回は同じ雇用関係を安全配慮義務の観点から検証します。
事案の概要
桃太郎(以下「使用者」)はイヌ・サル・キジ(以下「労働者ら」)を採用し、 鬼が支配する鬼ヶ島への遠征を命じた。遠征の目的は「鬼の退治」および「奪われた財宝の奪還」である。
労働者らは使用者の指揮命令のもと鬼ヶ島に渡り、武装した鬼と直接戦闘を行った。 伝承によれば、この戦闘において労働者らが負傷したという明確な記録はないが、 身体的危険が現実に存在していたと評価される可能性が高い。
本稿では、使用者がこの遠征において果たすべき安全配慮義務を履行していたかを検証する。
論点1:安全配慮義務の射程
労働契約法第5条は「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ 労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めている。
この「安全配慮義務」は、労働者が業務に従事する際のあらゆる危険から保護することを 使用者に求めるものであり、危険の種類・程度によって義務の内容は変動する。 業務の危険度が高いほど、使用者に求められる配慮のレベルも高くなる。
本件において業務の危険度は明らかに最高水準にある。 「武装した鬼と戦う」という業務は、建設・採掘・高所作業といった 一般的な危険業務をはるかに超えるリスクを内包している。 したがって、使用者(桃太郎)に求められる安全配慮の義務も、それに適した高水準なものが要求されると考えられる。
論点2:鬼ヶ島遠征は「危険業務」か
労働安全衛生法は、爆発物・高圧電気・有害化学物質の取り扱い、 高所・坑内・水中での作業など、特定の危険業務について特別な安全措置を義務付けている。
鬼ヶ島遠征の業務内容を整理すると、以下のリスクが列挙できる。
- 武装した鬼(複数)との近接戦闘による負傷・死亡リスク
- 渡航(海上移動)に伴う溺水・転落リスク
- 島内の地形・環境が未知であることによるリスク
- 医療施設から遠隔地であることによる救護困難リスク
- 退路が確保されていない可能性(孤立・撤退不能リスク)
これらを総合すると、鬼ヶ島遠征は複合的なリスクを伴う危険業務としての側面を持ち、労働安全衛生上の適切な措置を検討すべき事案と考えられる。
論点3:リスクアセスメントは行われたか
労働安全衛生法第28条の2は、事業者に対して「危険性又は有害性等の調査」 (リスクアセスメント)を実施し、その結果に基づいてリスクを低減する措置を講じるよう義務付けている。
リスクアセスメントとは、業務に潜む危険を事前に洗い出し、発生可能性と被害の大きさを評価し、 優先度に応じた対策を立てるプロセスである。
本件において、使用者が以下の情報を事前に把握していたかどうかは不明である。
- 鬼の数・武装状況・戦闘能力
- 鬼ヶ島の地形・逃走ルートの有無
- 遠征期間・労働時間の見込み
- 負傷した場合の救護・搬送手段
伝承にはこれらの事前調査を示す記録がない。 リスクアセスメントが未実施のまま危険業務に従事させたとすれば、 労働安全衛生法上の問題が生じる可能性が高い。
論点4:安全衛生教育・保護具の提供
労働安全衛生法第59条第3項は「事業者は、危険又は有害な業務に労働者をつかせるときは、 当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない」と定めている。
「武装した鬼と戦う」業務は、これに当たらないとは到底言えない。 使用者は労働者らに対し、少なくとも以下の教育・準備を行う必要があったと考えられる。
- 戦闘に関する安全教育(回避・撤退・連携方法)
- 応急処置・救護に関する教育
- 適切な保護具(防具・武器等)の支給
- 緊急時の連絡体制・撤退基準の設定
伝承を見る限り、労働者らは概して各自の自然な能力(イヌなら噛みつく、 キジなら空から攻撃する等)を活用して戦っており、 使用者から体系的な安全教育や保護具の支給を受けた形跡はない。
論点5:労働災害が発生した場合の責任
仮に労働者らが業務中に負傷した場合、法的責任はどこに帰属するか。
まず、業務上の負傷は労働者災害補償保険法(労災保険法)の対象となる。 使用者には労災保険への加入義務があり、保険料の全額を負担しなければならない。 本件では「きび団子1個」という極めて低い報酬設定から、 労災保険が適切に加入・運用されていたかどうか自体が疑わしい。
さらに、民法第415条(債務不履行)および第709条(不法行為)に基づき、 安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求が成立する可能性がある。 最高裁判所昭和50年2月25日判決(川義事件)以来、 使用者の安全配慮義務は契約上の付随義務として確立されており、 違反した場合の賠償責任は広く認められている。
「鬼を倒すという正義の使命があった」「労働者ら自身も納得して参加した」 という事情は、使用者の安全配慮義務を軽減する理由にはならない。 労働法上の義務は、単に当事者の主観的な納得や使命感のみをもって免除されるものではないと考えられている。
結論
💡 法的免責事項
本稿は古典文学を題材としたフィクションであり、具体的な法律の適用や解釈について断定するものではありません。また、個別の事案に対する法的助言を構成するものではありません。実際のトラブルや法的判断については、必ず弁護士や労働基準監督署等の専門窓口にご相談ください。
以上の検討を踏まえると、使用者(桃太郎)の安全管理体制については複数の懸念が指摘される余地がある。
- リスクアセスメントを実施した形跡がなく、労働安全衛生上の義務履行について疑念が残る
- 危険業務に関する特別の安全衛生教育が行われていない(同法第59条第3項)
- 適切な保護具・救護体制の整備が確認できない
- 労災保険の加入・運用状況が不透明であり、業務上負傷した場合の補償が担保されていない
本件における最大の問題は、「善い目的のための戦い」という文脈が、 労働者の生命・身体を守る義務を見えにくくしていることである。 どれほど崇高な使命を帯びていても、使用者は労働者の安全を確保する義務から逃れることはできない。 崇高な目的がある場合であっても、必要な安全対策を怠ることは、法的な安全義務違反と指摘されるリスクを伴う。
見落とされやすいのは、家来たちが鬼ヶ島行きを「選んだ」時点で、すでに引き返す選択肢が存在しなかったという事実だ。きび団子の受領・仲間としての参加表明・道中の連帯——これらが重なるごとに離脱の余地は狭まり、「自分の意志で来た」という外形だけが残る。使命の崇高さは、その構造をさらに見えにくくする。危険な現場から降りる自由が実質的に保障されていなければ、「同意」という言葉は機能しない。