事案の概要
ある日、桃から生まれた桃太郎(以下「使用者」)は、鬼ヶ島の鬼を退治するという事業目的を掲げ、 道中で出会ったイヌ・サル・キジの三者(以下「労働者ら」)を順次採用した。
採用の経緯はいずれも同様である。使用者が「日本一おいしいきび団子」を提示し、 「きび団子をあげますから、お供をしてください」と申し出た。 労働者らはこれを承諾し、鬼ヶ島への遠征に参加した。
報酬として支払われたのは、各人につききび団子1個。支払いは採用時(就労開始前)に一括で行われた。 遠征の終了後、労働者らは追加の報酬を受け取ったという記録はない。
論点1:雇用契約は成立しているか
まず前提として、この関係に労働契約が成立しているかを確認する。
労働契約法第6条は「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、 労働者及び使用者が合意することによって成立する」と定めている。
本件では、使用者が「きび団子をあげる」という条件を提示して労働(お供・遠征参加)を求め、 労働者らが「お供をします」と口頭で承諾している。申込みと承諾が揃い、 労働と賃金(きび団子)の交換が合意されている以上、労働契約が成立していると解釈される可能性が高い。
なお、労働契約の成立に書面は必須ではない(口頭でも有効)。ただし使用者は、賃金・労働時間等の 主要条件を書面で明示する義務を負う(労働基準法第15条)。本件でその義務が履行されたかは不明である。
論点2:きび団子は「賃金」として成立するか
労働基準法第11条は「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、 労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と定めている。
きび団子は食品であり財産的価値を持つ。使用者が労働(お供)の対価として支払ったことは 当事者間で合意されている。したがって、きび団子は労働基準法上の「賃金」に該当する余地がある。
問題は、賃金の支払い形態にある。
通貨払いの原則と現物給与
労働基準法第24条第1項は、賃金は「通貨で」支払わなければならないと規定している(通貨払いの原則)。 食品であるきび団子は「通貨」ではないため、この原則に反するように見える。
ただし、同項ただし書きは例外を認めている。法令または労働協約に別段の定めがある場合は 「通貨以外のもので支払う」ことが可能とされており、食事・被服・住居の供与などが 現物給与として認められてきた実績がある(労働基準法施行規則第2条参照)。
本件に労働協約の定めがあったとは考えにくい。したがって、きび団子による現物給与は、通貨払いの原則(労働基準法24条1項)に抵触しうると考えられる。
仮に現物給与が認められるとしても
仮に現物給与として許容されると仮定した場合、次の問題が浮上する。
きび団子1個の金銭的価値を一般的な相場で考えると、市販のきび団子1個は 数十円から高くても数百円程度である。
一方、本件の業務は以下のような内容を含む。
- 使用者の自宅から鬼ヶ島までの長距離移動(徒歩)
- 武装した鬼との直接戦闘
- 戦利品の運搬・帰還
いくら「日本一おいしい」きび団子であっても、その対価としての適法性が認められるかは極めて不透明であり、最低賃金基準を大きく下回るリスクが指摘される。
論点3:前払いという支払い方法の問題
労働基準法第25条は「労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に 充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」 と定めているが、これは労働者からの請求に基づく規定であり、前払いを禁止するものではない。
問題は別にある。前払いされた賃金は、業務開始前に消費されてしまった可能性がある (きび団子を食べてしまった場合)。そうなると、実質的には報酬ゼロで鬼と戦ったことになり、 無償労働の問題が浮上する。
論点4:鬼ヶ島は「職場」として安全か
労働安全衛生法第3条第1項は「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、 快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない」 と定めている。
鬼ヶ島の状況を整理すると、以下のリスクが確認できる。
- 武装した鬼が多数在島しており、直接的な身体的危険がある
- 島への渡航手段・帰還手段が確保されているか不明
- 医療施設の有無が不明
- 業務の詳細・危険度について事前説明があったという記録がない
使用者は労働者らに対してリスクを適切に開示し、安全措置を講じるよう努める必要があったと考えられる。 きび団子の供与をもって鬼ヶ島行きを承諾させたとすれば、 危険業務に関する事前告知義務や安全配慮の観点から問題視される可能性がある。
論点5:雇用か、請負か
労働法の保護は「労働者」にのみ適用される。そのため、この関係が 「雇用(労働契約)」なのか「請負・委任」なのかが重要になる。
判断基準として、裁判例では主に指揮命令関係の有無が重視される。
本件では、使用者(桃太郎)は遠征中に各労働者に対して具体的な指示を与えていたとされる (伝承によっては「イヌは正面から、サルは木の上から、キジは空から攻めよ」等の指示がある)。 労働者らは独立して仕事の進め方を決める裁量を持っておらず、使用者の指揮命令に従って行動していた。
したがって、この関係は実質的に雇用(労働契約)と評価される可能性が高く、 労働者らには労働法上の保護が及ぶ。
結論
💡 法的免責事項
本稿は古典文学を題材としたフィクションであり、具体的な法律の適用や解釈について断定するものではありません。また、個別の事案に対する法的助言を構成するものではありません。実際のトラブルや法的判断については、必ず弁護士や労働基準監督署等の専門窓口にご相談ください。
以上の検討を踏まえると、桃太郎と家来たちの雇用関係には複数の法的な懸念事項が指摘される可能性がある。
- きび団子による支払いは通貨払い原則(労基法24条)に違反する疑いがある
- 支払額は最低賃金を大幅に下回る可能性が高い
- 前払いという構造上、実質的な無償労働となるリスクがある
- 危険業務(鬼ヶ島遠征)に関する事前告知・安全措置が不十分
「善意の合意」という表面の裏に、実質的な搾取構造が潜んでいる。
労働条件の適法性は、単に当事者の主観的な納得のみをもって判断されるわけではないとされる。
本件は、「善意」「好意」「お互い納得済み」という表面的な合意があるように見えても、 実質的な権利義務関係に不均衡が潜んでいる事例と捉えることができる。 労働条件の適法性は、当事者の主観的な納得のみならず、客観的な法的基準を踏まえて多角的に判断される傾向がある。
見落とされやすいのは、きび団子を受け取った時点で「断る」という選択肢が実質的に消滅している点だ。前払いという構造は、受領者を出発前から債務者の立場に置く。引き返す自由を持たないまま遠征へ向かった家来たちにとって、「自ら望んで参加した」という外形は、出口を塞がれた後の追認にすぎない。
- 通貨払い原則(労基法24条)違反の疑い
- 支払額が最低賃金を著しく下回る懸念
- 前払い構造による実質無償労働のリスク
- 危険業務への安全配慮義務不履行の疑い
当事者間の合意がある場合であっても、必ずしも法的保護の適用が免除されるわけではないと考えられる。